Friday, August 27, 2021

究極の癒やし主

重度の食物アレルギーに対する治療の効果が出始めたとき、嬉しくてどこに行っても、そのことを話しました。具体的なプロセスや、それを考案した医師について語りました。ついに「癒やし主として称賛されるべきは神だと思うよ」と、友人に意見されました。私は、究極の癒やし主から目を離して、癒やしそのものを偶像化してしまったのでしょうか。返す言葉がありませんでした。

イスラエルも私と同じような罠にはまりました、神が癒やしに用いられた青銅の蛇に香を焚いたのです。この風習は、ヒゼキヤ王が、偶像礼拝のひとつだと「青銅の蛇を打ち砕」くまでつづいていました(Ⅱ列18:4)。事の発端は大昔、イスラエル人の宿営を毒蛇の群れが襲い、多くの人々が蛇に噛まれて亡くなったことです(民21:6)。原因は、民が神に背いたからでしたが、人々は、神に助けを求めました。神は民をあわれみ、モーセに青銅の蛇を彫らせ、旗ざおにつけて、誰もが見られるように掲げました。その蛇を見ると、民は癒やされたのです(4-9節)。

あなたがもらった神の恵みは、誰から、どういう形で届きましたか。神ではなく、神の恵みや、恵みを届けた人が、賛美の対象になっていませんか。すべてのよい贈り物の送り主なる神だけが、たたえられるにふさわしいお方です(ヤコ1:17)。


from デイリーブレッド