Thursday, August 19, 2021

悲劇の記憶がお祝いに

ウエストバージニア州の小さな村で、1907年12月6日、炭鉱爆発が起こりました。360人の鉱夫が亡くなり、夫を失った250人の女性と、父を奪われた千人の子どもが残されました。歴史家たちは、彼らの追悼式が、米国の父の日のきっかけだと述べています。悲劇の記憶は記念となり、やがて、祝い事になりました。

史上最悪の悲劇は、人間が己の創造主を十字架につけたことです。しかし、その記憶も記念となり、祝福を創出しました。十字架の前夜、イエスは、過ぎ越しの祭りの食卓で、ご自身を記念するように言われました。ルカの福音書には、次のように記録されています。イエスは「それから、パンを取り、感謝をささげてから、裂いて、弟子たちに与えて言われた。『これは、あなたがたのために与える、わたしのからだです。わたしを覚えてこれを行いなさい』」(ルカ22:19)。

聖餐式では、神の大きな不動の愛に敬意をささげます。私たちを救うために払われた犠牲を覚え、そこから生み出された永遠のいのちを祝います。「我をも顧み、救いの恵みにあずからしめたまう、御神の愛こそまことの愛なれ」(讃美歌第二編230番)と歌われるように。


from デイリーブレッド