Saturday, December 29, 2018

神が否と言われるとき

兵役義務に18歳でついたとき、配属先について必死で祈りました。体力が自慢ではなかったので、厳しい戦闘訓練のない部署に行きたかったのです。ところが、聖書を読んでいて「わたしの恵みは、あなたに十分である」(Ⅱコリ12:9)というみことばが飛び込んできました。不安になりましたが、それは間違いでした。神は私の祈りに応えて、大変な所に配属されても助けようと言われたのです。結局、私は装甲歩兵になり、辛いこともありました。しかし、あの経験と訓練は、私を肉体的にも精神的にも鍛え、一人前の大人になる準備をしてくれたと感謝しています。

イザヤは、イスラエルはさばかれ、その後、敵の手から解放されると預言した後、神をたたえました(イザ25:1-5)。これらの不思議なことは、すべて昔からのご計画だったと語ります(1節)。そのご計画には辛い時も含まれます。

神に「ノー」と言われるのは嫌なものです。友人を苦境から救ってください、というように良いことを祈っているときは特にそうです。しかし、神のご計画はすべて良いという真実にすがりつかなければなりません。「なぜ?」の答えは見つからなくても、神が良いお方であること、私たちを愛し、尽くしてくださるお方であることを信じつづけることはできるはずです。


from デイリーブレッド