Monday, May 28, 2018

最後の招集

ジェームスは米軍のヘリコプターのパイロットとして20年間勤務した後、故郷に帰って教師となりました。しかしヘリコプターが大好きだったので、ドクターヘリのパイロットになって、かなりの年齢になるまで働きました。

ジェームスが亡くなり、家族や友だち、制服姿の軍人が墓地に集まると、同僚のひとりが無線で最後の出動要請をしました。やがてプロペラの音が聞こえ、ヘリコプターが飛来し、墓地の上を旋回して、敬意を示すために短く停止飛行をすると戻って行きました。出席していた軍の関係者さえ涙を抑えることができませんでした。

サウル王と王子ヨナタンが戦場で落命した時、ダビデは「弓の歌」と呼ばれる哀歌を作り、後に残しました(Ⅱサム1:17)。それは「イスラエルの誉れは、おまえの高き所で殺された。ああ、勇士たちは倒れた」(19節)と嘆きます。ヨナタンはダビデの親友であり、戦友でした。サウルはダビデの敵でしたが、ダビデは、この親子を尊敬して「サウルのために泣け」、「あなたのために私は悲しむ。私の兄弟ヨナタンよ」と哀悼しました(24、26節)。

悔いのない別れでも死別は辛いものです。しかし、キリスト者にとって故人の記憶は麗しいものです。なぜなら、別れは永遠ではないからです。人のために尽くした人を、敬意を払って送ることができるなら、それは素晴らしいことです。


from デイリーブレッド