Wednesday, April 4, 2018

家の前でほっと一息

猛暑のある日、8歳のカーマインは、郵便配達員が熱中症にならないように、スポーツドリンクと水を入れたクーラーボックスを自宅の門の前に置きました。家の防犯カメラには、郵便配達人が「すごい!水とスポーツドリンクだ。神さま、感謝します!」と喜ぶ映像が残っていました。「カーマインは、郵便屋さんに冷たい飲み物をあげるのが自分の責任だと思っているのです」と彼の母親は語ります。

心温まる話ですが、すべての必要を与えられるお方がおられることを思い出させる話でもあります。使徒パウロは獄中にあり、明日の保証はありませんでしたが、そんな中でピリピの教会に送った手紙は喜びに溢れています。なぜなら、神がピリピの教会の金品の支援でパウロの必要を賄ってくださったからです。ピリピの教会の人たちは豊かではありませんでしたが、物惜しみせずにパウロたちを援助しました(Ⅱコリ8:1-4)。同時に神は「キリスト・イエスにあるご自身の栄光の富をもって」(ピリ4:19)ピリピの人たちの必要を満たされたのです。

神は社会の横のつながりを用いて、上からの助けを送られます。つまり、私たちの必要を人々の支援を通じて満たされます。自らの必要を神に委ねるならば、私たちは、パウロのように、満足の奥義を学ぶことができます(12-13節)。


from デイリーブレッド