“求めよ、そうすれば、与えられるであろう。捜せ、そうすれば、見いだすであろう。門をたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう。”

マタイ 7:7

If you are here and are searching for something more in life, begin with Jesus.  He truly is the key to finding new life. You can learn more about what Jesus has said even from your own home by reading the Bible and watching the videos here to grow in your knowledge of God.  It is our prayer that meeting Jesus will truly impact your life.

もしあなたが人生の中で足りない部分を探しにここにいらしたのなら,「イエス」から探し始めて見て下さい.彼こそが新しい人生を見つけるために,真に鍵となる人物です.自宅に居ながら,聖書を読んだりここのビデオを観たりすることによって,イエスが何を語ったのかをもっと知ることができ,神様に対する知識が成長するでしょう.イエスに出会うことがみなさんの人生に真のインパクトを与えることになりますようお祈りしております.

新しいライフ

イエスは答えて言われた、「『人はパンだけで生きるものではなく、神の口から出る一つ一つの言で生きるものである』と書いてある」。 マタイ4:4

一人で、聖書の言葉を学ぶ

疑問があっても礼拝する

グループで旅行をしていると、誰かが「まだなの?」とか「後どれぐらい?」と尋ねることがあります。これは、どの国の人とか、大人とか子どもとかにかかわらず尋ねる質問で、そう尋ねる人は早く目的地に着きたいのです。また、患難の中で長くもがき苦しむ人も、いつになれば終わるかと、同じ質問をしがちです。

詩篇13篇を書いているダビデがそうでした。彼は忘れられ、見捨てられ、挫折させられたと感じながら、1、2節で4回も「いつまで」と嘆いています。「いつまで私は自分のたましいのうちで思い計らなければならないのでしょう」(2節)と悲しんでいます。

詩篇13篇のように、心の嘆きを記す詩篇が暗示しているのは、釈然としない状況に置かれ疑問や疑念を抱いたとしても、神を神として礼拝する心で御前に進み出て支障はないということです。実際、長引く圧迫や緊張の中で、神以上に話をしたいと思う相手がいるでしょうか。病気や悲しみ、家族の裏切り、人間関係の問題など、すべての葛藤を、神のところに持って行くことができます。

疑問があっても礼拝をやめる必要はありません。主権者なる天の神は、疑問と不安だらけの私たちを喜んで迎えてくださいます。そして、時が来れば、ダビデがそうだったように、私たちの疑問は、神への嘆願や信頼の表明、そして賛美に変えられていくでしょう(3-6節)。

at デイリーブレッド公式サイト  from Arthur Jackson

思い切れない

ラジオ番組の司会者が、いつまでも思い切れないことは何ですか、と質問すると、リスナーが電話をかけてきて、亡き妻との思い出など、家族のことを話しました。また、音楽家や母親になるなど、捨てきれない夢を語る人もありました。誰にでも心にそっとしまっている大切なものがあります。

ホセア書は、ご自分の財産である選民イスラエルを、神は決して見捨てないと語ります。神は花婿、イスラエルは花嫁です。神は、土地、食べ物や飲み物、衣服や安全など、花嫁に必要なものはすべて与えてくださいます。しかし、イスラエルは不貞な配偶者のように神を拒んで、神以外に安全や幸福を求めました。そして、神が求めれば求めるほど、離れていきました(ホセ11:2)。しかし神は、どんなに深く傷つけられても彼らを見限りませんでした(8節)。叱り、懲らしめられましたが、それは彼らを救い出すためです。神の願いは、両者の関係を再構築することでした。

今日、私たちも同じ確信を持っています。神の愛は、私たちを決して離さない愛です(ロマ8:37-39)。もし、私たちが神から迷い出てしまったら、神は引き戻そうとされます。神の懲らしめは、拒絶ではなく、神があきらめておられない印です。私たちは神の宝物です。神は決して私たちを見限られません。

at デイリーブレッド公式サイト  from Poh Fang Chia

自分の人生を分かち合う

末っ子が「イヤ!」と泣き叫びました。レゴブロックひとつを手放すことさえ耐えがたいのです。その幼稚さにあきれながらも、この態度は大人も同じだと思いました。多くの人にとって、自分以外の誰かに対して気前よくすることは簡単ではありません。

イエスを信じる人は、自分の人生を他の人と分かち合うように求められています。旧約聖書の登場人物のルツは、そのように生きました。義理の母ナオミは極貧の未亡人でしたから、彼女にしてもらえることは何もありません。しかしルツは、死んでも離れないと誓って、義母と支え合って生き抜くことを選びました。「あなたの民は私の民、あなたの神は私の神です」(ルツ1:16)と語ったのです。ルツは年老いたナオミに愛と情けを示し、自分の人生を気前よく提供しました。

ルツのように己の人生を大胆に分かち合うのは難しいことですが、その生き方が豊かな実を結んだことを、私たちは覚えておかなくてはいけません。ルツは自らの人生をナオミと共有した後にボアズと出会って息子を授かり、その息子はダビデ王の祖父となりました。

イエスはご自分の人生を私たちのためにささげられましたが、神はイエスを高く上げられ、今は天国で父なる神の右の玉座で、世を治めておられます。互いに気前よく分かち合うなら、今以上に素晴らしい人生を送れるはずです。

at デイリーブレッド公式サイト  from Peter Chin

夜の歌

パーキンソン病に心身をむしばまれていく中、父は自分らしく生きることを渇望しました。心の平安を慕い求めながら、うつ症状に苦しめられました。愛を実感できなくて、孤独感にさいなまれることが多々ありました。しかし、大好きな詩篇42篇のみことばを読むと、孤独感が薄れました。

この詩篇の作者は、私の父同様、癒やしを渇望する必死な気持ちを語ります(詩42:1-2)。自分には常に悲しみがまとわりつき(3節)、純粋に喜びを感じられたのは、遠い昔の日々です(6節)。父同様、混沌(こんとん)と痛みの激烈な波にもまれて疲れ果て(7節)、神に見捨てられたように感じて、「なぜ」と尋ねます(9節)。

父は、この詩篇のみことばが心をよぎると、自分はひとりではないと安心しました。静かな平安が心の痛みに寄り添いながらやって来るのを感じました。自分を包み込む優しい声が聞こえ、「なぜ」に答えが無くても、あの波にもまれてもなお、自分は深く愛されていると安心しました(詩42:8)。

その静かな愛の歌を聞くことで、なぜか十分でした。かすかな希望、愛、そして喜びにじっとしがみつき、自らの渇望すべてが、ついに現実となる日を辛抱強く待ち望むのに十分でした(詩42:5、11)。

at デイリーブレッド公式サイト  from Monica Brands

希望の確かな基礎

信仰の教訓を思いがけない場所で得ることがあります。台所の隅に愛犬ベアが水を飲む器があります。ベアは体重50キロの黒いラブラドール・レトリバーですが、その器が空のときでも、吠えたり、いじったりしません。横に伏してじっと待っています。たまには少々長く待たなければなりませんが、やがて私が台所に来て彼を見つけ、彼の必要を満たすことを理解し、信頼することを学びました。私を単純に信じる彼の姿は、神をもっと信頼すべきことを再確認させてくれました。

聖書は「信仰は望んでいる事がらを保証し、目に見えないものを確信させるもの」と語ります(ヘブ11:1)。この確信と保証の土台は神ご自身です。神は「神を求める者には報いてくださる方」です(6節)。神は、イエスを通してみもとに来る信徒たちと交わした約束を必ず守るお方です。

「目に見えないもの」を信じるのは難しいときもあります。しかし、神の英知は何事も完全に解決できると信じ、神が慈しみ深くよいお方だという真理の内に安らぎましょう。仮に、しばらく待たなければいけなかったとしても…。

神はみことばに忠実に働かれます。神は、今からとこしえまで、私たちのたましいを救い、人の深い必要を満たされます。神のみことばに嘘はありません。

at デイリーブレッド公式サイト  from James Banks

新しい目的

イエスは彼らに言われた、「わたしについてきなさい。あなたがたを、人間をとる漁師にしてあげよう」。 マタイ 4:19

わかりやすい解説で、聖書の言葉を学ぶ

3分でわかる聖書

3-minute videos to understand the Bible

初めてでも、聖書をおいしく味わえる3分動画集

お話をしているのは、24年間テレビでキリスト教番組をオンエアしていた中川健一牧師。

『歴史・翻訳・文化的背景』3つの視点を重視しながら、分かりやすく聖書を解説!

イエス様は誰?

聖書はどんな本ですか?

イエス様は神ですか?

質問があればーGotQuestions.orgを見てください。

新しい愛

“父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛したのである。わたしの愛のうちにいなさい。” ヨハネ 5:19

グループと、聖書の言葉を学ぶ

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